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【漫画】『SLAM DUNK』は“漫画のタブー”に挑んだ作品だった?絶対的存在になった理由とその影響

アニメ・漫画
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1: muffin ★ 2020/07/21(火) 14:28:05.86 ID:CAP_USER9
『SLAM DUNK』は“漫画のタブー”に挑んだ作品だった? 絶対的存在になった理由とその影響
井上雄彦の『SLAM DUNK』は、『週刊少年ジャンプ』の1990年42号から1996年27号まで連載された、バスケットボール漫画の金字塔である。単行本の国内累計発行部数は1億2000万部以上といわれるこの怪物的ヒット作について、いまさらどんな内容かを説明する必要もないと思うが、念のために書いておくと…

井上雄彦の『SLAM DUNK』は、『週刊少年ジャンプ』の1990年42号から1996年27号まで連載された、バスケットボール漫画の金字塔である。単行本の国内累計発行部数は1億2000万部以上といわれるこの怪物的ヒット作について、いまさらどんな内容かを説明する必要もないと思うが、念のために書いておくと、湘北高校に入学した不良少年の桜木花道が、ひょんなことからバスケットボール部に入部することになり、そこで才能を開花させていくある種のビルドゥングスロマン(成長物語)の傑作だ。

連載終了からおよそ四半世紀。いまなお、バスケットボール漫画といえば、この『SLAM DUNK』のタイトルを思い浮べる人も多いと思うが、なにゆえ同作はそこまでの絶対的な存在たりえたのか。それを本稿では考察してみたいと思う。

まず、考えられるのは、キャラが立っている、絵が良い、物語がよく練られている、ということだが、その条件を満たしている漫画なら他にもたくさんあるだろう。「友情・努力・勝利」という『少年ジャンプ』のヒットの法則(3大原則)を取り入れている点についても同様だ。漫画表現的には、例えば最終巻の湘北高校対山王工業戦における、セリフやナレーションを一切排除して絵だけで見せていく描写などはたしかに圧巻だが、その種の表現もそれまでのスポーツ漫画でまったくなかったわけではない(例えば、『がんばれ元気』の堀口元気対関拳児戦の描写などが、20 ページに渡りサイレントの表現で描かれている)。

また、三井寿の「バスケがしたいです……」から、桜木花道の「左手はそえるだけ」にいたるまで、さまざまな名ゼリフが心に残る作品でもあるが、それゆえにヒットしたのかと問われたら、それだけではあるまい、と答えるほかない。さらには、アニメ化で広く世に知られるようになったから売れた、という人もいるかもしれないが、そもそも原作がそれなりにヒットしていたからアニメになったわけであり、それ(=アニメ化)はあくまでも「より多く売れた要因のひとつ」程度に考えていたほうがいいと思う。

■「バスケットボールはこの世界では一つのタブーとされている」
では、なにゆえ『SLAM DUNK』は、バスケットボール漫画を象徴するような絶対的な存在になりえたのか。それは、(文字に書いてしまえば当たり前のことのように思われるかもしれないが)同作以前にバスケットボールを題材にした漫画のヒット作がほとんどなかったためだと思われる。異論のある方もおられるかもしれないが、個人的には、『SLAM DUNK』以前のバスケットボール漫画のヒット作といえば、六田登の『ダッシュ勝平』くらいしか思いつかないのだが、こちらはどちらかといえばコメディ色の強い作品であり、あまり比較の対象にはならないだろう(ただし『ダッシュ勝平』は、最終章でいきなりシリアスな展開を見せるのだが)。

井上雄彦自身も、単行本の最終巻の「あとがき」でこんなことを書いている。

確かに連載開始当時はバスケットボール漫画は数えるほどしかなかったし、日本ではまだメジャーとはいいがたいスポーツでした。連載前のネーム(ちゃんとした絵を入れる前の絵コンテ)を作ってるときも編集者から「バスケットボールはこの世界では一つのタブーとされている。」と何度か聞かされました。コケるのを覚悟しろという意味です。(たぶん)
それでもバスケットボール漫画を描くということは、少なくとも自分にとってはごく自然なことでした。『SLAM DUNK』31巻(集英社/ジャンプ・コミックス版)より

つまり、井上が新連載を始めるにあたり、狙いを定めたのがほとんど誰も手をつけていない「穴場」的なジャンル――さらにいえば、彼にとって情熱を注ぐことのできるマイナーな題材だったからこそ、結果的にまだ誰も見たことのない「新しいジャンルの漫画」を開拓できた(そして、その「新しさ」がヒットにつながった)のだとは考えられないだろうか。

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