4/16(日) 16:12配信
文春オンライン
「不幸が重なってから人が変わってしまった」砂渡さん
だが、砂渡さんの評判は、現在と若かりし頃とでは、ずいぶん違うようだ。別の近隣住民はこう話す。
「好彦さんの評判は今でこそ散々で、村八分のようになっていますが、昔は全然違いました。彼は畑が趣味で、もともとは自分で作った野菜を近所のみんなに配ったりするような人だったんです。好彦さんご一家も、同じような気遣いができる人たちでした。ただ、不幸が重なってからは人が変わってしまった……。連れ添った奥さんも亡くなってしまったし、遠くに出稼ぎに行った孫まで亡くなってしまったんです。
それからは、村の人たちが『好彦が何かよからぬことをしたからだ』『村の掟に背いたからだ』と根も葉もない噂を立てるようになった。好彦さん一家の分家の人たちも、『不幸が続くのは好彦が異端だからだ』と、好彦さんを村八分にすることに加担し始めました。村の女性たちもそんな話をあちこちで言いふらしていき、村中に噂は知れ渡っていったのです」
孫は自殺、嫁いだ娘たちは入院、妻にも先立たれて…
近隣住民らによると、砂渡さんが可愛がっていたという前出とは別の孫は、高校から東京に出たが大学生の時に自殺、娘たちは嫁いでいったが、精神的に不安定で病院に入院しているという。妻にも先立たれたあげく、“村八分”となった砂渡さんは長く1人で暮らすようになった。
それに輪をかけて起こったのが、5年ほど前にあったという砂渡さんの自宅の火災である。火事で全焼してしまったというが、その時にもムラでは様々な憶測が飛び交ったようだ。
「火事の原因は、実際のところ、今もよくわかっていません。火の不始末が原因だという人もいれば、『恨みを買って放火された』とか『自分で火をつけた』という人もいます。なかには『氏神の祟りだ』という人もいましたね……。私は今回の事件は、好彦さんだけが悪いとは思っていません。こうして陰口を叩いて、砂渡さんを村八分にしようとした人たちにも、ある意味では責任の一端があるのではないでしょうか」(前述の近隣住民)
周囲からは幸せそうに見えていたという十文字一家と、晩年の評判は悪かったという砂渡さん。だが、90歳を越えた男性が灯油を撒き、火を放つまでの理由はあったのだろうか。
この地で生まれ育ったという近隣住民女性は「“財産分与”も理由の1つかもしれませんが、それよりもずっと根は深い」と話す。どうやら十文字一家と砂渡さんとの間には、一族同士の積年の遺恨があるようなのだ。
全文はソースで
https://news.yahoo.co.jp/articles/90fb45dd406060a1900ffb85acd9655bb6b192a5?page=2
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