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【ポカリスエット】40周年、「青は売れない」を打破した飲料業界の異端児が大ヒット商品になるまで

時事
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1: ひえたコッペパン 2020/10/05(月) 12:22:15.08 ID:Bdf09dJn9

https://news.yahoo.co.jp/articles/ea09ff8834536d6d70820a549c90b1b5cc49909d

1980年生まれで、今年40周年を迎えたポカリスエット。累計発売本数は、2008年時点で300億(340ml缶換算)を突破している
誰もが知るイオン飲料だが、発売当初は全く売れなかったという。“飲む点滴”をヒントに生まれ、当時の飲料業界の多くの
“タブー”に挑戦した同製品が、今や国内外で愛されるロングセラーブランドになった理由とは。大塚製薬に聞いた。

■「スポーツ時は水分補給禁止」の悪しき風習… 発売当初は全く売れず、3000万本無料配布

日本におけるイオン飲料先駆けとも言える『ポカリスエット』。発売されたのは1980年。その開発のきっかけは、メキシコだった。

「当社の研究員がメキシコに出張で赴いた際、激しい下痢に襲われて脱水症状に陥りました。
その際、現地医師から炭酸飲料を渡されたのですが、その研究員は“もっと人間の身体に合った吸収の良い飲み物はないだろうか”
と考えました。また、手術後に汗をかいた医師が水分補給のために点滴液を飲んでいるのを見た研究員は『飲む点滴』
というアイデアはどうだろうか、と発案。これをヒントに、汗で失われた水分と電解質(イオン)をスムーズに補給できる“汗の飲料”
というコンセプトが加わり、開発がスタートしました」

当時の日本では、スポーツ時の水分補給は禁止とされていたような時代。中高生の部活時代、練習中に「水は飲むな」
「水分を取るとへばる」と言われていたことを覚えている中高年層も多いだろう。

「スポーツに限定せず、“日常生活のなかで飲む健康飲料”を目指して研究開発を進めましたが、発売当初はなかなか
受け入れられませんでした。そこで弊社は、日常生活で身体から水分が失われるシーンを徹底的に洗い出し、
現場に赴いて製品コンセプトと水分と電解質補給の重要性など製品価値について説明しました。サウナや野球場など汗をかく場所、
買い物帰りの主婦にもお声がけし、冷やした『ポカリスエット』を無償配布していきました。配布した本数は初年度だけで3,000万本。
結果反響を得て、発売から2年目の夏に大ヒット。“イオン飲料”という新たな市場を築くことに成功したのです」

つまり、『ポカリスエット』は当時の常識への挑戦でもあった。今やスポーツや風邪の時のみならず、日常での水分・電解質補給は
当たり前だが、その必要性が広まった立役者の一つとなったのだ。医療分野で培われた科学的根拠と揺るぎないコンセプト、
長年の地道な健康啓発活動によって、今も『ポカリスエット』はこのジャンルの“顔”に君臨している。

■“出来損ない同士”のブレンドでできた大ヒット商品 試作品の味見を“山頂”でした理由とは
そんな『ポカリスエット』誕生までの道のりも、平坦ではなかった。

「点滴液の改良ではなく、それまで世の中になかった“汗の飲料”として開発しましたが、研究でわかったことは汗にも種類があることでした。
例えば、日常における汗の塩分濃度はスポーツ発汗時よりも低い。これらの発見をもとに飲料を施策したものの、日常の汗の成分を再現した
試作品は苦くて、まずかったのです。試行錯誤が続き、その試作品が1,000種類を超えた頃、たまたま研究室で同時開発していたものの
行き詰っていた柑橘系粉末ジュースと、“出来損ない同士”を混ぜてみました」

これが“コロンブスの卵”となる。悩みのタネだった苦味が消えた。ここから研究は加速し、最終的に試作品は、糖質濃度(甘味)が濃いタイプと
薄いタイプの2品に絞られることに。このどちらを選ぶか。研究員は「汗をかいたときに美味しく飲み続けられる味」のコンセプトのもと、
自ら山登りをし、実際に汗をかいて試作品を飲んでみた。

「すると、甘味が薄いほうが飲みやすく、ゴクゴクと滑らかにのどを通ることがわかりました。こうして最終的な味が決定しました」

パッケージデザインは生命のルーツである海の青と、波を表す白を用いたクールでシンプルなもの。だが1980年の発売当時、
食品・飲料ともに“青は売れない色”とされていた。ここでも、同社の業界タブーへの挑戦があった。

発売当初はなかなか受け入れられなかったというポカリスエット(画像提供:大塚製薬)

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