【超衝撃】上島竜兵さんと有吉弘行さん、関係者に驚愕のやり取りを暴露されてしまう・・・ヤバ過ぎ

エンタメ
PR
PR
PR
PR

【追悼】上島竜兵さん「いつも俺のそばにいてくれ」月30万仕送りで不遇時代支えた有吉への愛 [ギズモ★]

引用元:https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1652278522/

1: ひえコペ 2022/05/11(水) 23:15:22.09 ID:CAP_USER9

no title

Copyright (C) 2022 Kobunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.

上島竜兵さん「いつも俺のそばにいてくれ」月30万仕送りで不遇時代支えた有吉への愛
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20220511-00010014-jisin-ent

5月11日、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんが、61歳という若さでなくなった。

突然の死に上島さんを偲ぶ声が広がるなか、SNS上では上島さんと親交の深い有吉弘行(47)を慮る声が上がっている。

「志村けんさん(享年70)やダウンタウンが、後輩芸人を引き連れて食事に行く姿に憧れていた上島さんは、同じ所属事務所の後輩芸人を誘って『竜兵会』を結成。その会には土田晃之さん(49)や劇団ひとりさん(45)らが参加しており、有吉さんはその中心メンバーです。年上ながらも謙虚な上島さんの人柄は、たくさんの後輩から慕われていました。

昨年8月には上島さんの還暦を祝してトーク番組で特番が企画され、『竜兵会』メンバーが集いました。ですが最近はコロナの影響もあり、『竜兵会』は開かれていなかったみたいですね……」(テレビ局関係者)

4月27日放送のNHKラジオ『タカアンドトシのお時間いただきます』では、ゲスト出演した上島さんが『竜兵会』に触れる一幕があった。発足当時の有吉を振り返り、「猿岩石でヒットした後、仕事が全くない時だった」と語っていた。

■「いつも俺のそばにいてくれ」

今では数々の冠番組を抱える超売れっ子の有吉だが、現在のような地位を築くまでは紆余曲折あった。

「’94年に森脇和成さんとお笑いコンビ『猿岩石』を結成し、’96年に『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で大ブレイクしました。その後、コンビでリリースした楽曲『白い雲のように』も大ヒット。しかしそのような時期は長く続かず、’04年に解散。有吉さんはそのまま現在の事務所に所属し、ピン芸人として再スタートを切ったのです」(芸能プロ関係者)

そんな有吉が再ブレイクを果たすまでの“不遇の時代”を、陰ながら支えてきたのは上島さんだった。

「コンビ解散後、ピン芸人として活動し始めた有吉さんは、『竜さんや出川さんみたいになりたい!』とリアクション芸人を目指していた時期もあったそうです。一方でなかなか芽が出ず、経済的にも困窮していたといいます。そんな時、有吉さんを支えたのが上島さん。

当時、2人は毎日のように一緒に過ごしていたそうで、上島さんは食事や金銭面でも有吉さんの面倒を見ていました。さらにそれだけでなく、上島さんは『月30万やるから、仕事せずにいつも俺のそばにいてくれ』と有吉さんの存在を必要としていました。そういった励ましがあったからこそ、有吉さんは踏ん張ることができたのです」(前出・芸能プロ関係者)

■上島さんの還暦祝いに腕時計をプレゼント

そんな有吉はメディアに出演した際、しばしば上島さんにまつわるエピソードを語っている。

「最近でも有吉さんは、『上島さんのことバカにされると、怒りのスイッチが入っちゃう』と話していました。また昨年4月に夏目三久さん(37)と結婚した際も、上島さんにいち早く電話で報告したことを明かしていました。

“恩人”として上島さんを慕っている有吉さんは、上島さんの還暦祝いに高級腕時計をプレゼントしています。有吉さんのラジオにゲスト出演した上島さんは、その時計を“絶対に失敗できない仕事”の時に着けていると明かしていました。そして『外したらちゃんと箱に入れて枕元に置く』『本当に僕の宝物』と、嬉しそうでした」(テレビ誌ライター)

今から9年前の’13年4月には、《涙をこぼすのは上島さんの葬式だけ。と決めているのだが、年齢のせいか危うい時がある。。。》とツイートしていた有吉。

互いに育んだ絆は永遠だーー。

■「日本いのちの電話」

ナビダイヤル:0570-783-556(午前10時~午後10時)
フリーダイヤル:0120-783-556(毎日・午後4時~午後9時/毎月10日・午前8時~翌日午前8時)

コメント一覧

タイトルとURLをコピーしました