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1988年発売「ドラクエ3」の衝撃は買うために「ずる休み」生徒続出し、国家権力すらも動かした

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1: アルカリ性寝屋川市民 ★ 2020/07/21(火) 09:24:26.40 ID:ZGuFXFSR9

(前略)
行列の最長は池袋のビックカメラ
エニックスでは初期出荷にソフト100万本を準備し、販売店に出荷します。

しかし、発売日である1988(昭和63)年2月10日、オモチャ屋にカメラ屋に電器店、当時は多かったファミコン屋などなど、おおよそファミコンソフトを扱っている店は、どこでも長蛇の列ができてパニックとなります。

短いところでも数十人。長いところでは数百や数千人の長蛇の列ができたのです。

当時の報道によると、最も長い列ができたのは東京・池袋のビックカメラ2店です。店の前から左折して「グリーン大通り」を首都高あたりまで続き、さらに折り返して池袋駅あたりまで。

あまりの騒動に都教委も乗り出すほど
全長約2km、総計1万人以上が行列していたのです。前日の15時からでき始めた行列は、当日の午前11時には1万人を超えていたとう記録もあるので、実数はもはや分かりません。

前年、同店が「ドラクエ2」を発売したときも行列はできたものの、約1kmだったといいます。それが、倍に伸びたのですから、いかに「ドラクエ3」が人気だったかは分かります。

しかも、3日くらい前からは14回線ある電話が「ドラクエ3」の問い合わせで全部、ずっと鳴りっぱなしだったというから、混乱も度を越えています。

当初は入荷本数のうち半分の5000本を販売する予定でしたが、行列を見て入荷分1万本を全て販売。途中で諦めて帰った人を除けば、ほとんどの人が手に入れることができたそうですが、レジも午前11時からフル稼働で、売り切ったのが16時半……。

このような現象が全国各地で起こり、子どものオモチャという意識がまだ強かったファミコンが、巨大なビジネスになると世間に知らしめた、記念すべき日となったのです。

この「ドラクエ3」発売日に向けて、準備をしていたのは販売店だけではありませんでした。各地の学校もそうでした。そう、この日は水曜日で平日です。学校では先生が児童や生徒に「学校をサボってドラクエを買いにいってはいけません」と厳重に注意していました。

とりわけ、注意が厳しかったのは東京都です。

東京都の教育委員会では同年2月4日に都内区市町村の学校に対して、「学校を休んでドラクエを買いに行かないように」と異例の通達を出していました。

もちろん、いくら学校で通達を出しても今、この瞬間は誰よりも早く「ドラクエ3」をやりたいという激情を抑えることは容易ではありません。結果、都内では当日だけで356人が、学校を「ずる休み」して補導されるという騒動になりました。

国家権力まで動かした「ドラクエ3」
なお、補導員に声をかけられた小中学生は「今日は創立記念日で休みですよ」と、言い逃れようとするのが定番だったとされています。

当時の新聞を見ると「ずる休み」や「非行」という言葉がよく見られます。21世紀の今と違い、ゲームを買うために学校を抜け出すだけで悪に染まる入り口になってしまうという恐れが極めて濃厚です。これも、現代との違いといえるでしょう。

ちなみに発売当日の『朝日新聞』には、前述のビックカメラ近くにある中学校で教頭先生に話が掲載されています。

「区教委からの通達もあり、生徒には授業が終わってからでも買えるからと注意しました。風邪のため欠席の子どもはいますが、ウチの生徒は休んで行ってはいないと思います」

なるほど「風邪で欠席」はいたのですね……。

いずれにしても「子どもがテレビゲームを買うために、学校をずる休みしている」という現象は極めて重く受け止められました。

警察庁では、エニックスに対して「予約券を発行して児童、生徒が学校を休まないでも買えるようにする」ことを文書で依頼し、予約券は日曜日や学校が終わった時間に配るよう小売店側に協力を求めました。さらに、文部省(当時)でも各都道府県の教育委員会に通達を出しています。

ゲームソフトひとつに、国家権力がここまで驚くなんて! ここに『ドラクエ』というゲームがいかにスゴかったかが理解できるのではないでしょうか。

これくらいに世間と一緒に熱くなれるゲームに、生きている間、もう1回くらい出合ってみたいものです。

URBAN LIFE METRO 2020年7月21日
https://urbanlife.tokyo/post/39683/

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