〈「死ぬから画像を消してください」旭川14歳女子死亡“ウッペツ川飛び込み”イジメ事件の全貌《事件から2年半》〉 から続く
北海道旭川市の中学生だった廣瀬爽彩さんが壮絶なイジメを受けた末、行方不明になった2021年2月13日から2年半の月日が経過した。文春オンラインは2021年の事件発覚当初から、爽彩さんが受けていた陰湿ないじめの実態を取材し続けている。
2022年9月に第三者委員会が最終報告書を市教育委員会に提出し、いじめがあったことは認めたものの、いじめと爽彩さんの死には因果関係を認めなかった。この結果を遺族側が不服とし、同年12月から教育評論家の尾木直樹氏らを迎えて新しい第三者委員会が再調査を始めた。現在も新第三者委員会による調査が続いている。
いじめの発覚から2年半が経過しても、真相は明らかになっていない。事件を風化させないためにも、当時の記事を再公開する(初出2021年4月15日 年齢、肩書等は当時のまま)。
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2月13日、氷点下17℃の夜に自宅を飛び出して行方不明となった北海道旭川市内に住む当時中学2年生の廣瀬爽彩(さあや)さん(14)は、3月23日に雪に覆われた公園の中で変わり果てた姿で見つかった。爽彩さんは2年前に受けた凄惨なイジメによって自宅に引きこもるようになった。医師にPTSDと診断され、そのフラッシュバックにも悩まされていた。
これまで「文春オンライン」では、Y中学校入学直後に爽彩さんが男女のグループからイジメに遭い、自慰行為を見せるよう強要されたり、撮影させられた自身のわいせつ画像を加害少女らが拡散したことなどを報じた。
※本記事では廣瀬爽彩さんの母親の許可を得た上で、爽彩さんの実名と写真を掲載しています。この件について、母親は「爽彩が14年間、頑張って生きてきた証を1人でも多くの方に知ってほしい。爽彩は簡単に死を選んだわけではありません。名前と写真を出すことで、爽彩がイジメと懸命に闘った現実を多くの人たちに知ってほしい」との強い意向をお持ちでした。編集部も、爽彩さんが受けた卑劣なイジメの実態を可能な限り事実に忠実なかたちで伝えるべきだと考え、実名と写真の掲載を決断しました。
イジメは常軌を逸するほどエスカレートし、2019年6月には爽彩さんが加害少年ら10人以上に囲まれ、ウッペツ川に飛び込む事件が起きると、警察もイジメの実態を把握するために捜査に乗り出した。
わいせつ画像を送ることを強要した加害少年のC男は児童ポルノに係る法令違反、児童ポルノ製造の法律違反に該当したが、当時14歳未満で刑事責任を問えず、少年法に基づき、「触法少年」という扱いになり厳重注意を受けた。A子、B男、D子、E子らその他のイジメグループのメンバーは強要罪にあたるかどうかが調べられたが、証拠不十分で厳重注意処分となった。
爽彩さんへのイジメが発覚してから2年。中学を卒業し、旭川市内に住む加害少年らから話を聞こうと、取材班は少年少女の保護者にアプローチをした。するとA子とB男は保護者と一緒に取材に応じ、C男とD子、E子は保護者が取材に応じた。
わいせつ画像の拡散が疑われたA子は現在16歳。茶髪にピアスという出で立ちで年齢よりも大人びて見える。
――爽彩さんとはどのような関係でしたか?
「友達」
――彼女のわいせつ画像を持っていましたか?
「持ってない」
――A子さんがC男くんに「爽彩さんのわいせつ画像を送ってほしい」と言ったという証言もありますが事実でしょうか。
「ない」
――わいせつ画像を目にしたことはありますか?
「あります」
――A子さんがイジメの主犯格だったという証言もあります。
「私ではない。別のZ中学の子(C男、D子、E子)が私を悪者にしている」
――これらの行為をイジメだと思いませんか?
「うーん……別にどっちでもないんじゃないです? 本人最初嫌がっていたとしても、どっちにせよ最終的には(自慰行為を)やってるんだから」
――爽彩さんがウッペツ川へ飛び込んだ事件については覚えていますか?
「あれは(爽彩さんが)自分から飛び込んだ」
――どうしてそうなったのでしょうか?
「どうして? わかんないです。死にたくなったんじゃないですか?」
――爽彩さんに向かって「死ぬ気もないのに死にたいとか言うなよ」と言っていたという証言があります。
「それは言いました。周りに小学生いるのに死にたい死にたいとか、死ぬ死ぬとか言ってて、どうせ死なないのに次の日またあそこの公園に現れてたから。小学生にはそういうのはダメでしょ? と思って言ったんです」
――爽彩さんが亡くなったと知ってどう思いましたか?
「うーん、いや、正直何も思ってなかった」
A子に長時間話を聞いたが、最後までイジメに対する謝罪も、爽彩さんが亡くなったことに対するお悔やみの言葉もなかった。(抜粋)
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